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文人愛用味わい住所印ギャラリー・19 書家・山本竟山




書家・山本竟山やまもときょうざん、1863〜1934)は、

書家・
日下部鳴鶴くさかべめいかく、1838〜1922、明治の三筆)門下の書人でした。



当時の
竟山の評判は高く、


丹羽海鶴(にわかいかく、1864〜1931)、

近藤雪竹(こんどうせっちく、1863−1928)、

比田井天来(ひだいてんらい、1872〜1939)とともに


鳴鶴門下の四天王」といわれたようです。



 



山本竟山筆の巻紙
 





竟山といえば、

御菓子司「亀末廣」(京都市)が新聞などで時々紹介されるときに、

この老舗の格式高い看板↓を書いた筆者として、

現代人の前に時々現れます。竟山は京都に居を構えていました。




 



亀末廣

中京区亀末廣.jpg



a京都亀末廣ワガシ京菓子山本.jpg








◇◇◇









竹内栖鳳筆春芳堂.jpg

亀末廣の並びにある京表具の名店「春芳堂」
木額の書は竹内栖鳳によるもの。


b春芳堂表装タケウチセイホウ.jpg










竟山筆の手紙の書線の魅力を言葉でどう表現したらよいか難しいところですが、

竟山の書線には藤のつるのような「密度ある粘り・しなやかさ」があると感じます。






現在、書家といわれる人世に多しといえども、

リアルな生活の中で

これほど↓しっかりとした細字(小さい文字)の書線を持った人にはめったに出会えません。


刺激の少ない少ない世の中になりました。。


封筒の表書きも、

ずっと見ていたくなるようなそれはそれはしゃんとしたものです。


コクがあるのにキレがある」という、魅惑的な書線。


 




山本竟山筆のはがき

実寸はごく小さい。
 




竟山の立場にたてば、

ある日にふと書いた葉書をこんな何十年も時が経った平成時代に、

しかもこんなに拡大して衆目にさらされて、

ちょっと怒っているかもしれません




でも、



書なんてものは“抜き打ち”でクローズアップするから面白いのであって、

一見上手いように見せるために、

何千枚も紙が浪費されてしまったような作品には、

どこと無く卑しさが漂います。



円相(えんそう)を何枚も書き直している映像を見たことがありますが、

それってどうなの?と思います。




結局、“書作品のため”という前提で拵えられたものよりも、

必要に迫られて伝達(書簡)や記録(写本や詩稿など)として草卒のうちに書かれ、

それが偶然残ってきているものに、

えもいわれぬ書の魅力が詰まっていると僕は常々思っています。




書状や草稿、日記などが書の名品として残ってきていること自体が、

書の魅力が本来どこにあるのかという答えを示唆しています。




また、

書道界でよくいわれる「漢字かな交じり書」なども、

結局は実用的な手紙こそが漢字かな交じり書の本当の姿だと思います。





何かを伝達するために書いたものに、

どことなく美が備わった



でいいと思います。








というか、



「漢字かな交じり書」という呼称は、

書道界の業界的な呼称であって、

日本で一般的に通行しているものの大半は、

当たり前ですが漢字と平仮名・片仮名が交ざったものです。



身近では新聞が「漢字・仮名交じり文」です。



「漢字かな交じり書」という呼称は、

文字をわざわざ「手書き文字」とすることに似ていますね(笑)。




つまり、

漢字かな交じり書が、

今の当たり前の日本の書であって、


漢字の書道や仮名の書道こそ、

「漢詩書道」とか「王朝時代の仮名書道」というのではないでしょうか。。







◇◇◇





ところで、

富岡鉄斎(とみおかてっさい、1836〜1924)の孫(おそらく富岡益太郎氏)が

竟山に書を習っていたようで、

鉄斎は竟山の家に「孫をよろしく……」と挨拶に行ったようです。


竟山の家と鉄斎の家は、徒歩3分ほどの近所でした。


ちなみに、京都室町出水にあった長尾雨山の家と、

山本竟山の家の距離は徒歩1分ほどです。(湯川秀樹も竟山に書を習っていた




 

 

富岡鉄斎。家族。.jpg

富岡鉄斎。家族と。
右から二人目が益太郎氏。








また、

鉄斎は竟山に濃州の名柿をもらったとき、

「竟山道兄からもらった柿は柿子中の絶品……」というような感じで、

「佳実図(大正4年・80歳)」の中にその感謝の意を書き留めています。






 



竟山の手紙


部分拡大



山本竟山愛用の住所印
中国北魏楷書をモチーフにしている。










竟山の手紙


けっこう小さめでかわいい。

↓部分拡大



竟山愛用の住所印













竟山筆の「様」字


































「由定」は竟山の本名
           右は↑「頓首」

   







b.jpg


本家玉壽軒(たまじゅけん)」の木額

 京都市上京区今出川通大宮東入る



竟山筆




「本家玉壽軒」は、


京都西陣で


今も風情ある店舗を構える


京菓子の老舗。


代表銘菓は「紫野」。








◇◇◇







v湯川秀樹博士歌碑京都梨木神.jpg

湯川秀樹博士歌碑
(京都梨木神社境内)





u湯川秀樹博士歌碑梨木神社境.jpg




ゆかわ‐ひでき【湯川秀樹】 
理論物理学者。東京生れ。
京大卒、同教授。
中間子の存在を予言し、
素粒子論展開の契機を作った。
核兵器を絶対悪と見なし、
パグウォッシュ会議・科学者京都会議・
世界連邦運動などを通じ平和運動に貢献。
ノーベル賞・文化勲章。
(1907〜1981)

広辞苑








 

京都「大徳寺・だいとくじ」界隈























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和玄堂オリジナル

月の異称

篆ゴム印(てんごむいん)





*「花」は隷書では本来「芲」の形がベターですが、
現実の一般的な文字生活と、
はんことしての実用性・言葉のイメージを考慮し、
はんこのような字体にしています。
あらかじめご了承ください。
(下段右から三つ目の「花見月」↑のことです)









yf.jpg




和玄堂「月の異称篆ゴム印セット」は特製桐箱入り。
上は黒ゴム「月異称印」の特製桐箱です。

ゴム印・桐箱共に日本製。

和玄堂・月異称印「セットのページへ










◇◇◇




そしてボクは遠くから嗤うこ.jpg







◇◇◇◇◇◇◇






 

ねいらくあん

「和の遊印」、はじめました。





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