財前謙(ざいぜん・けん)氏著 『新常用漢字196 ホントの書きかた』(芸術新聞社)〔その1〕(全4回)


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◇◇◇




2010年11月10日、

財前謙氏著の『新常用漢字196 ホントの書きかた』が

芸術新聞社より刊行されました。



 



財前謙氏著

新常用漢字196 ホントの書きかた(芸術新聞社)

「常用漢字」に新たに追加される196字の書きかたを解説。
常用漢字は、
現在の1945字から5字削除され、

新たに196字が加わるので、
今回の改定で、

合計2136字(改定常用漢字表)となる。

        





“ホントの書き方”、と聞いて、

じゃあ理想的ではない書き方は何??

と思われる人があると思います。



そこで、

それを導くための最初の段取りとして、

まずは書の歴史をごく簡単に書きたいと思います。


簡単に書くと言いながら少し長くなるかもしれません。


書の歴史に簡単に触れる前に、結論を少し言いますが、

要するに、

手書きの字体と活字の字体は違うということです。





例えば、「絲印」という文字を手書きで書いて、

といわれたら(この字体でこの名詞を書くように言われることは多分あまりありませんが・笑……)


どのように書きますか?




 

↑明朝体
「絲」は「糸」の旧字体



芳翠直筆の楷書折帖
↑松本芳翠「楷書基本帖」より
↑ 糸偏の1画目は、写真のように、2画で書いてもよい。





↑字典より




 

手書きの場合は、上の写真のように、活字とは違います。

糸偏は、上の松本芳翠の文字のように、

4・5・6画目を点 点 点と書くのが一般的です。

明朝体や教科書体では、「糸」のようになっていますが、

古来、糸偏はほぼ「点 点 点」で書かれてきました。

また、「糸」の4画目は、活字でははねていませんが、

手書きでははねるのが一般的です。

「印」という文字を見ても、手書きと活字は少し違います。

上の字典の「絲」を見ると、

いわゆる「筆写体(書写体)」など、いろいろな形があり、

最初から頭が混乱すると思いますので、

今は上の字典の文字のことは一旦忘れて下さい。

とにかく、

活字と手書きは違うということを

最初に言いたかっただけです


筆写体についてはあとで触れます。



これでだいたいの核心を言ったようなものですが(笑)

もう少し深く理解できるように、

とにかく書の歴史を振り返ってみます。

文字の歴史を振り返ることで、

活字の「糸偏」が、なぜ点点点の形ではなく、

「糸」の形になってしまったかが見えてきます。






そもそも、人はもともと、

手で文字を書いて(あるいは刻んで)いました。



中国現存最古の文字である甲骨文字は、

亀の甲羅や獣骨などに刻んだ文字のことで、

「占卜(せんぼく)・・・うらない)」の記録に用いていました。


占いは、

甲骨に熱を加え、

そこに入ったヒビで何かを判断していたようです。

甲骨に刻まれた文字は、

その占い結果を記録するためのものでした。




 


↑甲骨文字








次に金石文といって、


青銅器に文字を鋳込んだり、

石に文字を刻したりしたものが徐々に出てきます。


甲骨文字や青銅器の金文などは、

今の文字とはちょっと違い、

神との対話という側面が大きいものでした。

今から2500年ほど前の戦国時代には、

簡牘(竹簡や木簡)への筆記も行われるようになります。


 



 


↑青銅器に鋳込まれた文字
「金文」(拓影)
 




 


↑石に刻された文字(拓影)



 









dcさんしばん散氏盤-西周時代.jpg

散氏盤  西周時代  前9〜前8世紀

db散氏盤-西周時代-前9〜前8.jpg

↓拓影


da散氏盤-西周時代-前9〜前8.jpg
 


 







↑簡牘








この後、漢字にとっての歴史的な一大事が起こります。

それは、中国を統一した秦の始皇帝が、

文字を篆書(小篆・秦篆)に統一したことです。

それまでの金文などの文字は、

偏と旁の高さがだいぶ違ったり、

文字の大小の変化も大きかったりと、

ずいぶん自由でのびのびとしたものでした。

統一とは、

そのようなものを一つにまとめるということですので、

小篆には、それまでのような「あそび」はありません。


ですから、

統一された篆書という書体は、

横画が水平で、左右対称のものが多く、

きっちりと書くには相当面倒な書体です。

石に刻む場合ならともかく、

普段の木簡や竹簡文書にまで

そんな面倒なことをしていられません。


よって竹簡・木簡に見える文字は、

ラフなものがどうしても多くなります。


篆書は縦長の文字ですが、

縦長の文字を書いていると、

ひとつの竹簡に文字をあまり入れることができません。

必然的に字形はだんだんと扁平になります。

これが、「隷書」という扁平の書体が生まれる

端緒になりました。

よって、筆記が煩わしい篆書という書体が、

公的な書体として使用される期間は、

それほど長くはありませんでした。


 






今から2,000年ほど昔の「漢」時代には、

多くの隷書碑が建てられました。

また、

墓碑や岩に彫られた文字もたくさんあります。

竹簡などに書かれた

ややラフな文字(篆書から派生したもの)を、

かしこまった形にしたものが石碑の隷書です。

文字の雰囲気も、レトリカルなものです。

“よそ行き”といった感じでしょうか。

「八分(はっぷん)」という語を聞かれたことが

あると思いますが、

これは

波磔(はたく・隷書の横画の終筆部分に見られる波のような払い)の

ついた隷書を意味します。

八分は、前漢の終わり頃に定着したようで、

後漢になると「八分」の名碑が次々と建てられます。

この頃の公用体はこの「八分」です。

一方、

「八分」以前の、

波磔がない隷書は、「古隷(これい)」と呼ばれます。





ただ、石刻文字が多い時代とはいえ、

当然それにはだいぶ手間がかかるため、

石碑は、全体から見たらごく一部で、

石に刻すほどのものではない

公的な文書や生活のメモなどは、

当然簡牘や、時には高価な絹などに、

墨と筆で文字が書かれてきました。

もらった尺牘(手紙のこと)の文字に感動し、

それを大切に保存しておくという行為は

すでに漢代に芽生えていたようです。






木簡竹簡に筆で文字を記す行為は、

石に文字を刻むよりも断然手間がかからない上、

すっすっと書ける分、

書き手の感情も文字に表れやすくなります。

篆書から隷書ができたのは、

いわば簡牘のおかげです。


そして、

木簡竹簡よりも大きな媒体である紙が発明され、

人々が紙に文字を書くようになると、

なおさら伸び伸びとした文字が現れます。

紙は後漢の蔡倫(?〜107)によって

初めて作られたと言われていますが、

その前にもそれらしきものはあったようです。


何はともあれ、

木簡竹簡の幅は1センチ程(長さは20数cm)ですので、

紙に書けるようになると断然自由度が増してきます。




 


↑残紙





よって紙の発明は、

文字の、

より芸術的な側面の発展につながっていく

契機となりました。


そして、

文字に芸術的な側面が現れてくると、

書をあれこれと論じる文化が興り始めることも

世の中の自然な流れであり、

このころから書論が出始めました。





やや遠慮した

動きの少ない草書(草書は隷書の次に出てきた書体・草書の最初の誕生は紀元前2世紀頃)はともかく、

動きのはげしい

伸びやかな草書(例えば上↑の残紙のような)などは、

大きめの「紙」に

筆で文字を

書くようにならなければ出てくるはずのない

表現です。

亀甲や金石に、

伸び伸びと動いた大きな文字を刻むという

発想なんて現実的には出てきません。

また、幅のごく狭い木簡竹簡にも、

伸び伸びと大きく動いた大きな文字を

書くことはできません。

紙に書くようなわけにはいきません。







まあ草書、あるいは行書は、

感興の吐露にはいいのですが、

書き手によって癖もあり、

やや読みにくいという面もありますので、

公的な文字にはやはり向きません。

きっちりと読みやすい「楷書」が

支持されてくるのが当然で、

西暦200年過ぎから興ってきた楷書は、

書聖・王羲之(おうぎし、307〜365)のころには

徐々に洗練されて、

唐代になって

それは完成されます(このころ楷書は今隷とよばれていた)。


秦時代の公的な書体は篆書(てんしょ)、

漢時代からは隷書(れいしょ)になり、

唐時代からはこの楷書が、

公的な書体になりました。


今現在もなお「楷書」が公用体ですね。

公的な書類には「楷書」で丁寧に書かなければなりません。







いずれにせよ、当時、人は手で文字を書いていました




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