北大路魯山人刻の木額「御水引老舗」 京都市上京区

 

 


 

 

 





北大路魯山人(きたおおじろさんじん)書・刻の木額

元祖 御水引老舗 

*右から読みます


京都市上京区

















落款部分拡大

戊午孟春為源田善右衛門君魯卿山人作[印【北大路氏】【大観】]

 

 

 

 

 


北大路魯山人作のこの大看板(幅約5メートル・材ケヤキ)は、

京都市上京区中立売通堀川東入る南側に建つ

老舗「源田紙業株式会社」のビルに

ド〜ンと掲げられています(濡額)。
 


魯山人がこの木額を刻したのは

戊午(この場合は1918年〔大正7年〕にあたります)孟春(一月)


魯山人35歳。
 


電車で行くなら、

京都市営地下鉄烏丸線「今出川駅」から歩いて20分以内です。
 


源田紙業は771年創業(゚ロ゚)。

日本最古の和菓子屋さん「一文字屋和助〔京都市北区〕」(1000年創業)よりも

200年以上も古いことになります。
 



 

 

 

 

 

 





ac刻字京都上京区北大路魯山.jpg






a北大路魯山人御水引老舗招牌.jpg













d刻字看板書道北大路魯山人御.jpg











e木彫北大路魯山人御水引老舗.jpg





















a北大路魯山人きたおおじろさ.jpg

北大路魯山人


きたおおじ‐ろさんじん【北大路魯山人】
陶芸家。本名、房次郎。京都生れ。
はじめ書・篆刻で名をなし、のち料理・食器の研究にあたる。
北鎌倉に窯を築き多彩な陶磁器を製作。(1883〜1959)
広辞苑

 







b拝啓魯山人タイガー炊飯器土.jpg


拝啓 魯山人先生・・・

炊飯器の広告














m北大路魯山人すき焼き料理.jpg

すき焼きを料理する魯山人








f苔水竹風情京都きょうと夏涼.jpg











a石仏寺院日本庭園竹林苔京都.jpg












gまだけもうそうだけ風情井戸.jpg











e鯉池錦鯉紫陽花垣根こい.jpg













aa日本庭園茶室竹林チクリン.jpg





*これらの庭園写真と魯山人は、関係がありません。。









tキョウトナラチャシツ日本庭.jpg








◇◇◇







(↓会津八一[あいづやいち]書)





こちらは、
東京日本橋の古美術店・壷中居(こちゅうきょ)の木額
壷中居 秋艸道人(62×187センチ)

会津八一書(昭和6年の夏)
 




at会津八一書招牌壷中居東京.jpg




この看板↑が店の軒にあがったあと、

魯山人がたまたま店にやってきました。


しばらく見上げ、


ウームと唸って立ち去ったということです。


 
後日店に来た会津八一に、

番頭がその時の様子を伝えました。


 
その時八一は眼を細め、


一言「ホウ」といって


黙っていたということです。
 

 
会津八一は昭和31年11月21日逝去、

北大路魯山人は昭和34年12月21日逝去。

二人とも76歳でした。





東京日本橋壺中居美術店」

*木額は店内

 











ai会津八一と歌碑かずがのに春.jpg

会津八一と歌碑(奈良)


あいづ‐やいち【会津八一】 
歌人・書家・美術史家。
秋艸(しゅうそう)道人と号す。
新潟県生れ。早大卒。
万葉風を近代化した独自の歌風を確立。
歌集「鹿鳴集」、書跡集「遊神帖」など。
(1881〜1956)






ae會津八一昭和28年あいづや.jpg

会津八一








◇◇◇








篆刻印の話に変わりますが、






rc谷崎北大路魯山人潤一郎検.jpg

篆刻印印影・約12ミリ角 「潤一郎」



私は谷崎潤一郎のこの印↑はけっこう好きで、
(「郎」左下部の処理の仕方に何ともいえない魅力があります)

この印影を机の横に貼付けて時々眺めています。



刻者は魯山人です。



以前、谷崎展に、谷崎が用いていた印が二顆展示されていて、

その小さな印面をガラス越しに凝視したのですが(単眼鏡で)、

そのとき、

上↑の印の刻者は魯山人、

ということがわかりました。


展覧会でその印を見るまでは

上の印影の印は、

誰が刻したものなのかわかりませんでした。



下↓の画像が印本体です。

印影は展示されていませんでしたが、

印影は家でときどき眺めていましたので、

印面をみたときに、

すぐに

「あっ、あの印はまさにこれだ」とわかりました。


↓図録より
ra北大路魯山人刻印潤一郎谷.jpg

北大路魯山人刻谷崎潤一郎所用印

1919年(大正8年)刻

魯山人36歳


このとき谷崎は33歳














印影再掲載

rc谷崎北大路魯山人潤一郎検.jpg









ra谷崎第一高校友会雑誌新渡.jpg


第一高等学校校友会雑誌委員の新旧交替記念

明治41年5月

前列左より2番目谷崎潤一郎(22歳) 前列中央・新渡戸稲造校長(46歳)



↓拡大
sa谷崎じゅんいちろうにとべ.jpg














山形の地方新聞社への就職を決めたときの記念写真。

前列中央・潤一郎
明治43年









でも、実際には行かなかった・・・








にとべ‐いなぞう【新渡戸稲造】
思想家・教育家。南部藩士の子。
札幌農学校卒業後、
アメリカ・ドイツに留学。
京大教授・一高校長などを歴任。
国際平和を主張し、
国際連盟事務局次長・
太平洋問題調査会理事長として活躍。
カナダで病没。
英文の「武士道」ほか
「農業本論」などを著す。
(1862〜1933)

 
 
たにざき‐じゅんいちろう【谷崎潤一郎】
小説家・劇作家。東京生れ。東大中退。第2次「新思潮」同人。
「刺青(しせい)」「少年」など、
耽美と背徳の空想的な世界を華麗に描いたが、
大正後期から日本的な伝統美に傾倒し、
王朝文学の息吹きを現代に生かした新しい境地を拓いた。
作「蓼喰ふ虫」「春琴抄」「細雪」
「少将滋幹の母」など。文化勲章。(1886〜1965)

 
 




oh作家谷崎潤一郎南禅寺東山1.jpg

谷崎潤一郎











タニザキジュンイチロウたにざきじゅんいちろう

谷崎潤一郎









ol谷崎潤一郎の両親(倉五郎.jpg

谷崎潤一郎の御両親(倉五郎と関)

明治20年頃






◇◇◇

 

北大路魯山人生誕地 京都和玄メモ



八百三(やをさん)の柚味噌(ゆうみそ) 京都和玄メモ



聘珍樓(へいちんろう)の肉まん・あんまん和玄メモ




◇◇◇


文人愛用味わい住所印ギャラリー・26――小説家・劇作家・評論家 坪内逍遥和玄メモ







京都国立近代美術館 2015年6月19日〜8月16日
ユネスコ無形文化遺産登録記念 北大路魯山人の美 和食の天才















 

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